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食卓作法以前の話 その2

昨日は、関東地方に春一番が吹きました。
日中はうす曇でしたが、朝のうちは晴れてましたし、暖かく過ごしやすい1日でしたね♪

暦の上では「啓蟄」(けいちつ)、「蟄虫啓戸」(ちつちゅうこをひらく)の略ですが、「寒い冬の間、それを避けて地中にいた虫たちが、暖かい陽気にさそわれて地中から這い出してくる」という意味です。

先ほど、書き終わっていないのに間違って一度UPしちゃいました:汗
イエ、終わってなくたって終わってたって、大して変わらないんですヨ、はい:笑======================================================

   <食事時の挨拶、してますか?>

「いただきます」と「ごちそうさま」って、ふだん言いますか―?
口に出して言わなくても、心の中で言ってるよ~っていう人、照れくさくてよう言わんわ、という人、思ったこともない、という人、それぞれでしょうね…。

少し前に、「学校で『いただきます』を言わせるのはおかしい」ということについて、論争がありました。
実際の詳細をリアルタイムで追っていたわけではないので、不正確な部分があったらお許しいただきたいのですが、要は、こういうことでした。

ラジオ番組へ、手紙での投稿があったそうです。
<ある小学校で母親が、「学校には給食費を払っている。お金を払っているのだから、うちの子供には給食を食べる時、『いただきます』と言わせないで」と申し入れてきた。>

この手紙が紹介されると、番組へは数十通の反響があり、その多くは申し入れに否定的なものでしたが、支持するという手紙も数通あったそうです。
また、中には、「言う言わない、ということでなく、『いただきます』の時に手を合わせることは宗教的行為であり、強制するべきでないのでは」という意見もあったそうです。

………こういうことが「論争」になるんだなぁ……。
この問題に関して、まずはこれが私の感想でした:笑

30年、40年前から、人の価値観がどんどん変わってきています。
人の価値観は、その人の家庭環境、仲間や友達の影響、その時々の世相、自分が属しているコミュニティなどでかなり左右されますから、このお母さんの価値観が、お金には有って「いただきます」に無い、それもまた、善悪でなく、単なる事実だと思うのです。

おそらく、この手紙を出されたお母さんはこう考えたのではないでしょうか。
  ・自分は「給食費」という名の「料金」を払っている。
  ・すると、そこから給料を得ている給食センターの職員が、「給料に対する仕事」と
   して、給食を作る。
  ・出来た給食は、いわば「お客様」である自分の子供に出される。
   それなのに、お客様の方がへりくだったように「いただきます」と言わされるのは
   おかしい。
この考え方は、お母さんの中ではどこにも破綻がありません。
出発点が「お金」であり、あくまでも「給食」は、その対価であるからです。

私が子供の頃に教えられたのは、
「食べるということは命をもらうこと、そして料理を作った人がいるから、美味しいものが食べられる。両方に感謝して『いただきます』を言いなさい」ということでした。

まあ、クソガキだった私は、「お母さん」というのは料理を作ってあたりまえ、なんで感謝なんかしなけりゃならないんだ!とだいぶムカっ腹を立てた覚えがあります。
(↑これぞまさしくバチあたり!!:爆笑)

それが、少し大きくなってくると、冬の米とぎ、白菜漬けの冷たさ、梅干作りの大変さ、毎日々々同じ時間にご飯が出来ていることのありがたさ、そんなものが少しずつわかってきて、自然と感謝するようになるのですが―。

どんなに腕の良い料理人でも、材料が無ければ料理は作れません。
材料の中には、命を奪われるものがあり、それを奪う作業をする人がいます。
長い時間と手間をかけて作られる作物があり、調味料があり、それを長距離運ぶ人がいます。

料理だけが魔法のように、ポンっ!と目の前に出てくるなんてことはありえないのです。
お金入れたら即ガシャン!て出てくる自動販売機だって、すごい手間とコストと人手がかかっているわけですからね:苦笑

「だけど、それみんな仕事でしょ?それで飯食ってるんだから、当たり前じゃない」
↑昔の私がいますねぇ~:笑
そうです、みんな仕事です。めいめい責任持ってがんばっている仕事です。
でも、当たり前のことを当たり前にし続けること、実は大変なことです。

―少しでいいので、想像力を働かせましょうよ。
何かに感謝するとは、その「何か」の向こうにあるものを見ようとする心だと思います。
しかし、それはけして強制されるべきものではありませんし、宗教問題と同列にするものでもないと思います。

「自分がこうしたから、こうだった」
「自分がこう言ったから、こうなった」
これだけで完結している人には、なかなか難しいことかもしれませんが、世の中には自分1人だけが暮らしているのではありません。
だからこそ「お互い様」という言葉があり「どうぞ」「お願いします」「ありがとう」「こちらこそ」という言葉があり、「いただきます」「ごちそうさま」もその延長にあるのだと思います。 

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コメント

「いただきます」を言わせない・・・ですか。「食べ物」と「作ってくれた人」に感謝をあらわす素朴で自然な言葉だと思うのですけどね。
こういう人は「お金で買えない価値」なんかないので、カード会社のCMは意味不明、とか考えるのでしょうかね? 願いをかなえてくれないなら賽銭はしない、とかね。
発想が貧しいというか、悲しいですね。

投稿: 満月 | 2006年3月 7日 (火) 00:13

こんばんは。
想像力が足りない人が、最近増えているような気がしてなりません。
他人の気持ちを思いやることは、けして自分を貶めることでは無いのですが、マナーの話をしても「なんで私が他人に気を使わなきゃならないの?」と本気で聞いてくる方がいたりします。
「食育」ということを、お役所も真剣に考えてはいるようですが、時間のかかることですから、今始めても早すぎるということはないでしょうね。

投稿: okamider | 2006年3月 7日 (火) 02:20

「いただきます」という言葉の作法は当然なことでしょう。食べることの意味を素直に考えられない人間はどこか心の欠陥があるのかもしれません。
「ごちそうさま」も大事な作法ですね。
これ日本の心なんですよ。

投稿: トムノグ | 2006年3月 7日 (火) 19:37

こんばんは。
初めてコメントしてみようかと思います:笑

このお話には、表面に見えている以前に、現代の教育現場が抱えている大きな問題を見ることができます。
今、ほとんどの学校では、給食費を集金袋で集めるのではなく、金融口座から引き落とす形で納めて貰っていると思います。
実は、この口座引き落としになってから、給食費の不払いが劇的に増加したのです。
不払いの原因は「生活苦でどうしても払えない」というような悲しいモノではありません。
単に、引き落とし日までにお金を入れておくのを忘れたり、めんどくさかったから入れておかない……そんな単純な理由が大半だそうです。
その上、催促をしても、結局は支払われない場合がほとんどだというのだから、本当に空恐ろしくなりますね。
しかし学校へ子供が来れば、給食を食べさせないわけにはいかないのです、と学校側は苦しい対応の内を語ります。

このお母さんの言い分を理解しようとは思いませんが、こんな温床から発生した可能性はないでしょうか。
「給食費を払わない人もいる。ウチはちゃんと給食費を支払っているのにへりくだるなんて許せない!」
理不尽な言葉の裏には必ず別の問題が隠れています。
このお母さんにとって、他の許しがたい不満が学校に対してあったのかも知れません。
そんなことも少しだけ考えると、もっと広い視野で問題を捉えることができますね。
これも想像力の使い方の一つでしょう:笑

投稿: 蓮 蒼香 | 2006年3月 7日 (火) 22:19

◆トムノグ様、こんばんは♪
「当然のこと」が当然では無いことが多くなってきました。
老若の世代にかかわらず、というのがちょっと悲しいですが、せめてマナー講座を通して少しでも伝えられたら、と思います。

◆蓮様、こんばんは♪
ご訪問&初コメントをありがとうございます!!

一つの問題が起こったとき、当事者が二人以上いる場合は両方の言い分を聞く、それが大事なことだと思います。
物事には必ず違った側面があり、物の見方も一通りではないはずですものね。
おっしゃることはよくわかります:笑

今回は、もともとが新聞記事でした。
申し入れをしたお母さん側の情報は無く、「申し入れをしたお母さんがいた」と言う投稿がラジオにあり、それに対しての反響があったので、新聞の読者からも意見を募って紙面で特集を組むことにした、という記事を元に書かせていただきました。
本文中でも触れましたが、リアルタイムで追いかけられなかったために、お伝えしきれなかった部分があったのが力不足で申し訳ありません:汗

そしてこの問題は、おっしゃるように「給食費」の扱いはもとより、「給食」そのものの存続が必要かどうかということも含めて大きなものになっていると思うのですが、そういうことってあまり世間には出ないんですよね…Σ

門外漢が何を言うかと、関係者の皆さんには叱られるかもしれませんが、私も大きな関心をもって、さらに見守っていきたいと思っています。

蓮様には、いろいろと教えていただくばかりで恐縮です!!
あいもかわらず、つたない内容の行き当たりばったりでお恥ずかしいのですが、どうかこれからもよろしくお願いいたします!

投稿: okamider | 2006年3月 8日 (水) 00:57

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