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気の長い仕事①

世の中の景気が良くなったといわれても、一小市民としてはあまり実感がわかないものですねぇ…。
私どものようなサービス業は、景気が悪くなれば一番初めに影響を受けて商売が傾き、景気が良くなる時には一番最後にならないとお金が回ってこない業界とされています。
なんだか踏んだり蹴ったりのようですが…Σ

さて、愚痴はともかくとして、どういうわけか相変わらずの「予告破り」でございます:笑
来春の新卒採用の話が佳境に入る昨今、なんだか「ものおもふ秋」ということで、ついつい書いてしまいました。
マナーにゃナンのカンケーもナイよな話ですが、どうぞお許しくださいませ―。
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人を育てるというのは気の長い仕事、時間のかかることだ。
サービス業にはどうしてもそれが必要だが、そこに投資する企業は少ない。
この業界に「マニュアル教育」というものが出現したのは、その「時間」をかけなくてすむからという合理的な理由からである。

十人十色、年齢も経験も性別も、すべて違う個々人を集めて、ある一定のレベルの接客を教えようとした時、時間の制約があるならば、マニュアルを使っての一元教育が何よりも効果的だ。
最低限必要な接客方法とスキルのすべてを記号化し、「この場合ならAをする」「この場合はBで」「手順はCD→EFGで」と明記すれば、とにもかくにも同じ動きができ、同じセリフはしゃべれるわけである。

言い換えれば、店舗(カウンター)=舞台またはスタジオであり、マニュアル=台本という位置づけになるだろうか―。
そして「店員」という役を振られた各人は、本人の熱意のあるなしにかかわらず、同じセリフをしゃべらされ、動作を要求されるわけだ。

それで一定ラインの「接客」が短期間に成立するのだから、そりゃあどこの企業も喜んで導入するはずである。
なぜなら、教育にかかる時間、そのための費用、そして対プロフェッショナルへの人件費が大幅に削減できるからだ。

昨今、「マニュアル接客」が悪者になっている節もあるが、マニュアルを使っての接客教育、指導というのは、業界においてある意味画期的なことだったのだ。

「マニュアルどおりの受け答えしかせず、心がこもっていない」
「イレギュラーな応対が出来ない」
「機械的で、やる気がなさそうに、仕方なくやっている」
マニュアル教育を実践している多くのショップ、チェーン店の方たちは、きっと↑のようなご意見をたくさんいただくことと思う。

しかし、一方で、
「いつ来ても感じがいい」
「この間、こんなことがあったとき、とても良くしてくれた」
などというありがたいお褒めの言葉をいただくこともあると思うのだ。

となれば、悪いのはマニュアルではなく、マニュアルを演じる本人が大根だというだけのことであり、それを演出する上位スタッフの演出力が無い、ということなのだろう。

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コメント

今晩は。
ああ、これ凄く良くわかります。
私の部署は会社の中では比較的新しいことに取り組んでいるので、現在メンバーみんなでマニュアルを作成しています。でもこれはどちらかと言えば後輩のための「行動規範」本です。これをやっておけば後々困らないという知恵袋+マニュアルなので、書き換えはいつでもOKというファジーな代物です。結局マニュアルって本来は現場力の結晶なのだから、「使う」のか「使われる」のかという意思力の差だと思います。

投稿: 満月 | 2006年10月27日 (金) 23:35

満月さん、こんばんは♪
レスが遅くなってすみませんでした!
はい、マニュアルってやはり様々な場面で必要なものだと思うのです。
それを言い訳にするのも、使い切ってやるのも我々しだいというところですね…。

私自身、諸先輩方に「見て覚えろ」と言われた最後の世代なのかもしれませんが(笑)自分のような苦労はさせたくないと思って、マニュアルを作ったこともありました。
しかし、作ったことに安心してしまい、自分で相手と向き合ってきちんと教えることを、いつのまにかやめてしまったような気もしているのです。
反省と自戒を込めてのタイトルになりそうです―。

投稿: okamider | 2006年10月29日 (日) 02:30

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